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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)40号 判決 1963年1月31日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、福岡市大字箱崎字飛島町四、一一四番地の一三、宅地六〇坪四合、及び同地上家屋、家屋番号松浜町六二番の二、木造瓦葺平屋建居宅一棟、建坪一六坪が、控訴人の所有であることを確認し、且つ右各不動産について、控訴人名義に所有権移転登記手続をせよ、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、控訴代理人において、控訴人は日本復興住宅株式会社が昭和二三年四月一九日(原判決に同年七月一九日となつているのは、控訴人が訴状に誤記したのであるから、上記のように訂正)設立されるとともに、同会社の専務取締役に就任したのであるが、右会社が訴外株式会社藤田組から買受け前の同年五月中旬、当時の所有者藤田組の承認を得て、控訴人の前任地佐世保市(控訴人は協和銀行佐世保市支店長をしていた)から本件建物に移転居住したのであつて、該建物は荒廃甚しく物置同様の仮小屋であつたのを、同年三月末頃以降大修繕大改増築をして入居した。そして控訴人が、右日本復興住宅株式会社の創立事務に尽した功労と、前記のように物置同様の仮小屋を多額の費用を控訴人自ら支出して大修繕大改増築をしたことを、当時の代表取締役森本武平において熟知していたため、昭和二三年七月末頃右代表取締役から控訴人に対し、本件宅地建物の贈与がなされ、控訴人もこれを受諾したのである。その後昭和二四年四月三〇日前示代表取締役森本武平は死亡し、同年五月一日には控訴人が代表取締役に就任、同年七月五日更に重任すると共に訴外江頭敏も代表取締役に就任し、同年一二月五日控訴人は代表取締役を辞任したので爾後江頭一名が代表取締役に在任した。これより先右住宅株式会社は、昭和二四年五月二八日協和住宅株式会社に、昭和二五年七月五日協和建設株式会社に、それぞれ名称を変更したのであるが、前示江頭代表取締役は、昭和二六年八月一一日当時取締役であつた控訴人には勿論、他の取締役にもなんらはかることなく、控訴人不知の間に本件建物を含む福岡市大字箱崎四、一一四番地の四、家屋番号松浜町六一番一、木造瓦葺平屋建居宅一棟建坪二九坪六合五勺、同所四、一一四番地の四、家屋番号松浜町六二番一、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪三二坪(上記建物中に本件係争家屋を含む)の二筆の建物について所有権保存登記を経由し、次いで同年一一月二七日には大字箱崎字飛島町四、一一四番地の四、宅地二〇九坪(本件係争宅地は上記宅地内に包含されている)を前掲建物二棟と共に被控訴会社に売渡し、翌二八日その旨の所有権移転登記を経由するに至つたのであつて、当時の被控訴会社の代表者は訴外油田逸郎であつた。そして右売買契約当時、前掲協和建設株式会社の所有不動産としては、右一筆の宅地及び二筆の建物のみが残存しているにすぎなかつたのであるから、斯様な重要な業務執行には取締役会の決議を経ることが必要であるに拘らず、取締役会の召集も行わず江頭代表取締役が独断専行する違法を敢行したのであつて、右売買契約は元来違法無効なものである。のみならず右宅地建物中には、控訴人が既に贈与を受けた請求趣旨記載の部分も包含されており、このことは、控訴人が協和銀行福岡支店次長をしていた当時から知り合で、日本復興住宅株式会社創立当初からその創立に協力し、現在も協和建設株式会社の株主である被控訴会社の代表取締役油田逸郎も知つていたので後日機会をみて控訴人の本件宅地建物に関しては、分筆の上無償で所有権の移転登記を経由する旨昭和二六年一一月末頃確約するに至つた。その後被控訴会社代表取締役油田は、前掲買受の土地建物を労働争議解決のため分筆処分したのであるが、控訴人に対する前掲確約はこれを放置して履行せず、昭和三〇年一二月二〇日代表取締役を辞任し、これと相前後して油田在任当時の取締役監査役は全員退任し、控訴人との前示確約もこれを否認するに至つているので、本件宅地建物が控訴人の所有であることの確認を求めるとともに、右確約による所有権移転登記手続を第一次的に求め、第二次的に昭和二三年七月末日以降昭和三三年七月末日迄一〇年間の取得時効期間完成により控訴人が所有権を取得するに至つたことを主張する。時効進行途上、本件土地建物の所有権移転登記が、昭和二六年一一月二八日第三者である被控訴会社になされているとしても、当時の被控訴会社代表者が本件宅地建物に関しては控訴人の所有であることを認め、後日その所有権移転登記を経由することを確約していることは前示のとおりであるから、その時効期間の起算日は依然として昭和二三年七月末日である。この点に関し原判決が、所有権移転登記のなされた昭和二六年一一月二八日から更に時効期間が進行すべきものと判示しているのは、失当である。と述べ、甲第一乃至第一一号証を提出し、当審における控訴本人尋問の結果を援用し、被控訴会社代理人において、被控訴会社代表取締役であつた油田逸郎が、本件宅地建物に関し、控訴人の所有であることを認め、控訴人に対し無償で所有権移転登記をすることを確約したとの点は、これを否認する、と述べ、甲号各証の成立を認めたほか、原判決の事実摘示に記載されているとおりであるから、これをここに引用する。

理由

当裁判所も控訴人の本訴請求は、総て失当としてこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、左記の点を附加補足するほか、原判決の理由に説示してあるところと同一であるから、これを引用する。

一、被控訴会社が、本件宅地建物に関し、控訴人の所有であることを認め、控訴人に対し無償による所有権移転登記をすることを確約した旨の主張、並びに被控訴会社に所有権のないことの主張について。

当審における控訴本人尋問の結果中これらの点に副う供述部分は、当裁判所においてたやすく信用しないところで、右供述を除いては、被控訴会社が本件不動産を含む宅地建物を譲り受けるに際し、売渡人である協和建設株式会社に右不動産以外に何等の資産もなかつた点、又協和建設株式会社の代表取締役江頭敏が独断専行し違法に売却処分したものである、等の点について他にこれを肯認するに足る的確な資料は一つも発見されない。従つてこれらの点に関する控訴人の主張は、いずれも採用の限りでない。

従つて控訴人が、訴外日本復興住宅株式会社から昭和二三年七月末頃、本件宅地建物に関し、贈与を受けた事実があつたとしても、第三者である被控訴会社に対しては該贈与による所有権移転登記を経由していない以上、右贈与による所有権移転を対抗し得ないものであることは極めて明らかであつて、原判示はまことに相当である。

二、取得時効期間(一〇年の経過)完成による所有権取得の主張について、

時効による不動産所有権の取得は、これを時効完成時における原所有者に対し主張するには、敢て登記を必要としないけれども、これを以て第三者に対抗するには登記を要するものと解すべきであり、そして該登記未了の間に原所有者が取得時効の目的たる不動産について保存登記を経由し、これを他に売却し買主のために所有権移転登記を了するに至つたときは、恰かも二重売買の場合と同様その登記はいずれも有効であつて、時効による所有権取得は、もはやこれを登記を経た第三者に対抗し得ない結果となるのであるから、控訴人において該登記を経ていない以上、もはや第三者である被控訴会社に対しこれを対抗するに由ないことは明らかである(大審院判例大正一四年七月八日、集四巻九号四一二頁、東京高裁昭和二八年六月一七日、高裁判例集六巻九号四九五頁、各参照)といわねばならず、まして取得時効期間完成前所有権移転登記が第三者になされた場合は、猶更のことであるといわねばならない。

そして、被控訴会社が本件不動産を含む宅地建物の所有権移転登記を経由した昭和二六年一一月二八日以降本件訴状受理の昭和三三年九月二二日までの間、未だ一〇年の取得時効期間を経過していないことは、控訴人の主張自体に徴し明らかであるから、控訴人主張のように被控訴会社代表者が控訴人の所有であることを認めていた事実があつたとしても、控訴人の時効による所有権取得を肯認するに由ないことが明白である。従つてこの点に関する控訴人の主張も亦、採用の限りでない。

以上のとおり、控訴人の本件控訴はいずれもその理由がないので、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第一項第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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